〜本当は“悪女”ではなかった4人の王妃と女王〜
世界史には、「悪女」として語られてきた女性が数多くいます。
しかし、その多くは本当に残虐だったわけではなく、
政治的プロパガンダ・宗教対立・男性中心社会の偏見 によって
“悪女の役”を押しつけられた存在でした。
前回の「血塗られた悪女たち」が
実際に血と粛清を伴った女性権力者 だったのに対し、
今回紹介するのは、
歴史によって“悪女にされてしまった”女性たち です。
メアリー1世(ブラッディ・メアリー/イングランド)
―300人の処刑で“血まみれ女王”にされたカトリックの女王
イングランド史で「最悪の女王」と言われがちな人物が
メアリー1世。
彼女はプロテスタント史観によって “ブラッディ・メアリー(血まみれメアリー)” と呼ばれてきました。
●悪女ポイント(とされた理由)
- プロテスタント約300人を火刑
- 異端審問の復活
- スペイン王との結婚で「外国の手先」と批判された
確かに、現代の感覚では残酷です。
●しかし当時のヨーロッパでは“普通”だった
16世紀ヨーロッパは、
カトリックとプロテスタントが互いに“異端者を殺す”宗教戦争の時代。
フランスでもドイツでも、
彼女以上の処刑を行った男性君主は珍しくありません。
メアリーだけが悪女にされた最大の理由は、
後を継いだエリザベス1世がプロテスタントだったこと。
勝者の歴史が、彼女を“悪女”に仕立てたのです。
アン・ブーリン(イングランド)
―王を変え、国を変えたが、“魔女”として殺された王妃
アン・ブーリンは、
ヘンリー8世を虜にし、イングランドをローマ教皇から切り離した女性。
●悪女ポイント(とされた理由)
- 王を誘惑して王妃になる
- 王妃キャサリンを追い出す
- 宮廷の秩序を乱した
と敵対派から激しく中傷されました。
●実際は“政治の犠牲者”
アンは
- 姦通
- 近親相姦
- 魔術
という荒唐無稽な罪で告発され処刑されますが、
これらはほぼ間違いなく 捏造 です。
彼女の本当の罪は、
男子を産めなかったこと。
王の失望と宮廷政治の犠牲になっただけでした。
マリー・アントワネット(フランス)
―革命のスケープゴートにされた“浪費の女王”
「パンがなければお菓子を食べればいい」
――この言葉で世界史の悪女になった王妃。
しかし、この言葉は 完全なデマ です。
●悪女ポイント(とされた理由)
- 贅沢な生活
- 外国(オーストリア)出身
- 王妃として政治に口出し
革命派は彼女を「民衆の敵」に仕立てました。
●実像はもっと地味
マリー・アントワネットの浪費は、
フランス国家の財政破綻と比べれば誤差レベル。
彼女はむしろ
革命の象徴的な“悪役”として利用された のです。
ルクレツィア・ボルジア(イタリア)
―“毒殺の女”にされたが、実はただの政略結婚の被害者
ルクレツィア・ボルジアほど
“悪女のイメージが事実と違う”人物は他にいません。
●悪女ポイント(とされた理由)
- 父は悪名高き教皇アレクサンデル6世
- 兄は冷酷な軍人チェーザレ
- 毒殺・近親相姦・淫蕩の噂
しかし、どれも 証拠はありません。
●実像
ルクレツィアは、
父と兄の政治のために
政略結婚を繰り返させられた女性 にすぎません。
晩年は文化的な宮廷を築き、
慈善事業にも熱心でした。
彼女の悪女像は、
ボルジア家を憎む敵対勢力が作った宣伝 だったのです。
🌟まとめ
歴史の“悪女”は、
必ずしも悪いことをした女性ではありません。
多くの場合、
- 宗教対立
- 王位継承
- 男性中心社会
- 勝者の歴史
によって、
“悪女の役”を押しつけられた女性たち なのです。
前回の「血塗られた悪女たち」と読み比べることで、
“本物の悪女”と“悪女にされた女性”の違い がくっきり見えてきます。
※この記事は【教科別ミニ読み物】の一部です。
他教科のミニ読み物は、まとめページからご覧いただけます。

